2014年03月15日

思いでいっぱい!ありがとう 33期生(^^)

また今年もこの日を無事に迎える事ができました。

33期生の諸君!卒部おめでとう♪

まさかこんなにいっぱいの優勝旗・楯・賞状が貰えるとは(泣)

私が4年生時代に監督をしてた時には想像もつきませんでした(泣・泣)

中々人数が揃わず、ましてや34期生の3人が常に試合に出場して
チームの中心選手でした。

それでもひとりふたりと増えていき現在のメンバーが揃ったのが5年生になってからでした。

2年間で素晴らしいチームになり今日がその最後の日です。

親子試合や式典に出席したかったのですが…
みんなの顔を見て話をしてしますと、泣虫先生になってしまうので。
欠席させて頂きました。その分、入部してからの思い出と
贈る言葉を長々と書かして頂きます♪

まずは#0 石井壱篤 (通称 イシイさん) 
私が中々練習に来れない時期に入部してたな。初めて話したのが練習試合に向かう車中。
助手席に乗って色々話をしましたね。よく喋る子やな~と思ってプレーを見ると…(笑)
それからは徹底的に愛の指導が始まりましたね。いっとは「自分は出来ないから‥どうせ無理やし」
とすぐに諦めてしまう性格をどうしても治してほしかったのでずいぶん厳しい指導になりましたね。
上の学年で練習してからは私の代わりに⑤先生が受け継いでくれて。
よく耐えたな。一番涙を流したんじゃないかな。そして最後は凄くほど成長したね。
プレーはまだまだ体が小さいから大きな選手に比べるとどうしても劣ってしまいますが
投げ方・打ち方は基本がしっかりでいているので大丈夫でしょう。足も‥??(^^)
いっぱいごはんを食べてこれからもそのキャラクターでみんなを笑顔にしてくれる選手になってくださいね。
成長が一番楽しみやわ。かんばれ!いっと!

#1 高島 聡太(通称 呪い)
細い体にちょっとニアニアして頼りなさそうだったような?今もかな(^^)
地域の野球教室で少し基本が出来てたので最初から投げるの素晴らしかったな。
でも、守備がね‥。しかもちょっと体が弱かったのか故障や病気で休みが多かったな。
4年生のリトル大会で故障してそれからは治ってはまた故障の繰り返し。
最後には半年間も出来なかったのに医者から「ピッチャーは無理や」と!!
そしていい病院に出会いしっかり治療から帰ってきたそうたは素晴らしかった。
躍動感溢れる投球と相変わらず下手くそな守備(^^)アンバランスがサイコーでした。
今の規則(投球数7回)がなければもっと勝ち星が増えていたこと間違いなかったでしょう!
中学では硬式野球をするんやな。何回も辛い日々を過ごしているのやから体のケアに気を付けて
焦らず一歩ずつ成長してくださいね。目標は走攻守そろった選手に!

#2 別所 季哉(通称 かえる) 
小幡代表と中学時代にバッテリーを組んでいた祖父を持つキャッチャーをするべく入部してきた選手。
地域のソフトボールをしていたので入部早々にリトル大会に外野手で出場させた時に
緊張してアタフタしてベンチに帰ってきた時に青い顔をしてたのがつい昨日の事のようです(^^)
最初は経験の差からりょうたやときに比べると随分下手くそやったけど、普段の努力の結果
安心して任せられるキャッチャーになったな。自主練に付き合ってくれたお父さんに感謝せなな。
【長】好きの血筋なんやから硬式野球ではキャプテン目指して頑張れよ!(^^)!

#3 森 海強(通称 もり)
今思うと走るのが苦手で入部するかしないかを悩んでいたのがウソのようですね。
お母さんが帰る時によく相談にきていましたね。走る理由を説明すると納得して入部に。
力強いバッティングはチーム1やったと思う。後はもっと自信を持って自分をアピールすること!
私は本気でプロ野球選手になってくれる選手だと思っています。
3年生レベルで足(下半身)がしっかり基本が出来ている選手は滅多にいません。
上のレベルで変化球に必ず対応出来ると思っています。
必ずなる決意を持って中学野球に挑んでください。
香寺クラブジュニア【海強グランド】期待していますよ(^^)

#4 難波 雄貴(通称 ゆうき)
お父さんは⑤先生の先輩。勿論、高校時代は私との対戦もあり、おじさんは硬式野球チーム監督。
色んなプレッシャーの中入部してきた選手。だが思いとは真逆の‥非常に下手‥(笑)
中々結果が出ず、またルール的なもの覚えられず結構厳しく指導しましたね。
「はい・はい」と返事はするんですが。たぶん、あまり野球に興味がなかったのかな。
走塁などが出来てきてからは色んな守備位置でよく頑張ったと思います。
内・外野をあれだけ完璧に守れる選手はゆうきだけでした。
中学では部活の軟式野球に入部すると聞いてます。文武両道で頑張ってください!

#5 京極 隆輝(通称 短足)
4人兄妹の長男として4年生半ばに待望の入部。野球をやりたくてもなかなか両親の許しが貰えず‥
毎日とても楽しそうに練習していましたね。入部して2ケ月ぐらいで高砂の大会に出場。
怪我人だらけの中、入部して2ケ月足らずのりゅうきが大活躍したな。
それからは急激に身長が伸び姫路地区でも有名な選手に成長しましたね。
特に野球に取り組む姿勢は素晴らしと感心していました。
常に全力で真面目に練習する姿は下級生の見本となったはずです。
これからは現部員の2人の弟の良き手本として、また目標とされるお兄ちゃんでいてください。
みねちゃんには優しいおにいちゃんでね。
中学硬式では皆がりゅうきの身長に追いついてきます。今以上に練習して香寺では叶わなかった
全国の舞台を目指して頑張ってください。

#6 谷岡 紀二伎(通称 のぶきちゃん)
入部してきたときはどんなんやったかな??と考えました。
今と何センチ変わるんかな??(^^)と思うぐらい小っちゃくて愛くるしいのぶき。
入部した当初からそこそこは守れていましたが、体が小さい分バッティングが非力やったな。
守備にバッティングにと全力の練習は時々その小さな体に負担になっていたと思います。
6年生になってもあまり見た目は変わっていませんが守備での内容は素晴らしくアップしていましたね。
他チームからも「おー」と歓声が沸くほどの横っ飛びのスーパーキャッチ。
小さな体全体での闘志溢れるプレーはどれほどチームのピンチを救ったことか。
体の小さな選手に勇気と希望を与え、また指導者には体の大きさは関係ないと教えてくれた選手ですね。
今のままでOK。体はいつか大きくなります。今出来ることを全力で取り組んで下さい。
プレーと見た目の成長が一番楽しみな選手ですよ。がんばって(^^)

#7 高田 幸伸(通称 ユッキー)
5年生になってからやったかな?他チームから移籍してきたのは。
もちろん、経験者ですから即レギュラーに…しかし、
度重なる怪我とちょっと控えめな性格がガッシリした体を使いこなせず、苦しんだな。
ミスをして試合中に泣いた事もあったな。香寺では試合中での涙は絶対してはいけない事!!
リトルから厳しい練習をしていた選手は泣きませんが、それを経験していないゆきのぶは
プレッシャーに耐えきれず泣いてしまったのでしょうね。でも、それも数試合で克服。
持ち前の豪快なバッティングで勝利に貢献してくれましたね。
初めは控えめな性格も硬式チームを選ぶ時にお父さんに自分をしっかりと
主張した事は体だけではなく心も成長したんだなと非常に関心し、うれしかったです。
故障に気を付けてお父さんのアドバイスをよく聞き頑張れ。

#8 増井 大喜(通称 男前)
チーム№1のイケメン(^^) 香呂地区スカウト部長のときやが口説いて体験入部に。
運が悪く冬場だったので平日練習は最初の30~40分は走ってばかり。
当時のだいきは長距離が‥大嫌い!悩んだ挙句に最終日にお父さんから私に
「お世話になりました。」と(--)実は以前から私はだいきの存在は知っていました。
地域のソフトボールの大会の審判時にピッチャーをしているだいきを。
センス抜群で本能だけでソフトをやっていました。ちゃんと野球をしたらって。。。
そんな思いの中の入部拒否だったので少し落ち込んだ記憶があります。
でも、スカウト部長の粘り強い交渉(^^)で‥わかりませんが、再びグランドに。
絶対に戦力アップになると当時は大喜びした記憶があります。しかし、最初は良かったのですが
基礎があまりできていなかった為に若獅子大会のミスが中々吹っ切れずに守備で不安があった時期があったな。
思い切りのバッティングに影響するぐらいに悩んだんじゃないかな?
指導者からのアドバイスなどで最後にはちゃんと克服してましたね。中学では硬式野球に進むと聞いています。
自分のやりたいポジションにチャレンジして香寺ではみれなかった【投手 だいき】を目指して頑張ってください!

#9 粟根 青空(通称 そら)
スーパー大人しい選手。気持ちも上手く表現出来ずにこちらの問いかけに涙することも多々あったな。
真面目一筋!私語やサボってる姿は見たこともなかったね。今思うと子供らしくしゃべってたり・ふざけて怒られてた方が
良かったのかな?痛いのを言えずに数回肘痛に悩まされたな。この怪我で今後の進路も凄く悩んだみたいやな。
でも最後はやっぱり大好きな野球を選んでくれてしかも厳しい硬式チームを自ら志願してくれて。
しっかり体を作れば基礎はしっかり出来ているのでスピードと秘めた闘志があれば必ず上を目指せるはずです。
弟の手本として頑張ってくださいね。

#12 尾上 巧(通称 へい!タクちゃん)
八千種小学校最後の刺客(^^)仲良しの友達が数人香寺に。
後を追うように入部してきましたが‥少し遅かったかな(--)
技術よりも体力面で追いつくのに必死やったな。気持ちはあるけどやはり基礎体力の差で
体が悲鳴を。6年生時には怪我をしていない日の方が多かったような??
でも、気持ちはあったので体が「これ以上無理したらダメ」とサインを出してたんじゃないかな?
試合に出たいだけやったら他のチームに所属していた方が良かったけど、あえて厳しい香寺に入部してきたたくみ。
それはあかふじでの代打ヒットがすべての答えやと今感じています。
中学では部活で頑張ると聞いています。香寺で頑張った2年間の成果を発揮してくれることを期待しています♪
名付け親の鬼一先生と一緒に成長を楽しみにしています!

#13 大常 太貴(通称 おっさん)
家でゴロゴロした生活を改善してほしいと祖父がおしりを叩いて入部に。
地域のソフトを少しした程度やったので正直最初はあまり期待していませんでした。。。
半年ほど過ぎると運動神経の良さからグングン成長していましたね。
体も大きくなり自慢のバッティングが開花し、緊迫した場面でも起用される選手に。
あかふじ米の最終回の代打はスタンドで観戦していた指導者がただ「ホームラン」だけを
期待するスラッガーによく短期間で成長しましたね。
でも、たいきにはまだまだ教えないといけないことが沢山あります。走攻守に於いての基本から
みっちり時間をかけてしないと。試合中心の高学年からの入部だったので細かいプレーや基礎が
おろそかになっている気がします。じっくり指導してくれる硬式野球じゃなしに地域でただ一人部活動に‥
卒部してからでもいいですから相談に来てください。非常に勿体ないですから。
いつまでもたいきの先生ですから。待ってるで!!

さあ、とうとう最後の一人となりましたね。

#10 第33期生 主将 碁盤 亮太(通称 りょうた)
長いようであっという間やったかな。1年生の9月頃かな?
お父さんと相談に来たのは。
ご存じの通りお父さんは⑤先生。香寺クラブジュニア第4期生主将であり
全日本学童大会優勝メンバー。私同様に我が子にも伝統のユニフォームを着て野球を‥
と思っていたはずです。数チーム見学したけどどうしても香寺が気になり‥
家は姫路城周辺。週5回の練習は家族の大変な負担となるので何回も話し合ったと聞いてます。
お父さん(⑤先生)は先に指導者になっている私に何度も相談されました。
お兄ちゃんはどっちでも(^^)みたいやったけど、りょうたは違ったな。
⑤先生と話している時「やっぱり無理かな?」って話になった時電話の向こうで大きな鳴き声!
「なんでアカんの(--)」と泣叫んでいました。何もわからない1年生でもやはりお父さんの血が騒いだのかな?
そして家族が納得した結果、体験もなしにいきなり入部へ(^^)
それからは毎日楽しくて仕方なかったのかな。全力で練習してましたね(お兄ちゃんは‥)
3年生ぐらからは年代のキャプテンに。私はよくやっていると思っていましたのでほとんど怒った記憶がないんですが‥
代わりに⑤先生が強烈な愛の指導を。。。キャプテンとは‥自分の時代と重なっていたのでしょう。
りょうたは学年が上がる事にそのプレッシャーを凄い背負っていたと思います。
野球協会や他チームの指導者にはまだまだ私たちの現役時代を知っている人々がいます。どうしても比べられてしまいます。
しかも、1学年上の先輩は強いし‥「自分がやらなければ」と思う気持ちが
好きな野球のプレーを邪魔した時期もあったのじゃないかな?
あかふじ米の最終予選前に練習中に骨折!今思うとあの怪我がなかったら他の選手もあれだけの試合が出来てなかったかも?
全員が「りょうたをあかふじに」と心に誓ってプレーした結果がのちに全国優勝を果たした強豪「広畑コンドルズ」に
勝利することが出来たんじゃないかなと感じています。その祝勝会でのりょうたの涙は一生忘れません。
皆に信頼された素晴らしい主将に育ってくれました。お父さんも敵わないぐらいに!!
中学では皆と離れて一人違う硬式チームへ。色んな思いがあって決めたんだなと思っています。
お父さんは後輩の指導で中々りょうたの応援には行けないけど逃げ出さず(^^)ノビノビやれよ!
先生でもありお父さんの友達のオッチャンも全力で応援してるで!!
先生達が行けなかった甲子園目指して!!!

誰か抜けてないかかな?(^^)?そんな訳ないですね。

一人ひとりの顔を頭に思い出しながら書いていると昔の可愛いい姿や笑顔がでてきますね。
試合に負けた時の悔し涙。全日本学童予選での広畑コンドルズに勝利した時の嬉涙。
勝利し監督とハイタッチしている笑顔。強化練習での泥だらけのノックを受ける苦痛の笑顔。
そんな顔を思い出しているだけで(泣)。。やはり欠席して正解でしたね。

また育成会の方々にも大変例年になくお世話になった1年やったと思います。
部員減少しながらも勝ち進んでいくと当然費用も掛かります。何度も話し合いながら節約をしてくれて
大変感謝しております。あかふじ米出場の際のOBへの寄付へのお礼の挨拶を1軒1軒して頂いて。
本選では素晴らしい応援。
いっとママのトランペットにときや・だいき・ゆっきーパパによる力強い太鼓の演奏。
他チームには無い素晴らしい応援で他を圧倒していました。2回戦の笹原ライオンズさんのブログにも大絶賛で紹介されていました。
また、野球ばかりではなく、バーベキューや1泊のレクレーションなどを企画してくれて
部員達にとって思い出深い1年になったはずです。
お父さん達はほぼ毎週に早朝より下級生が使用する道具の運搬と犬飼グランドのネット張りをして頂いて
下級生の父兄は大変助かったと思います。

昨年から取り組んだ【育成コース】では三役のお母さん達に手伝って頂き無事に終了できました。
特に別所会長ママには月曜日はゆっくり家の片づけでもしたいところ顔をだして頂き、集金や名簿の作成など
例年にはない仕事までして頂いたことは感謝してもしきれません。本当にお世話になりました。
思い出と感謝の気持ちが書き終わったところで、ソロソロ完結にしたいと思います。

33期生の選手諸君!お父さん・お母さん!出会えた事に感謝しています。
もし、タイムマシンが存在していたら‥

もう一度このメンバーで小学1年生の桜咲く4月から

【一生懸命全力プレー】で野球がしたいですね(^^)

香寺クラブジュニア 指導者#なし 岡本 晃史 (通称 熱血先生) おわり

追伸 
笑顔で二次会楽しみにしています♪♪♪


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Posted by 香寺クラブジュニア at 16:46│Comments(3)指導者日記
この記事へのコメント
4年間、本当にお世話になりましたT^T
そしてたくさんの感動をありがとうございました。
これからどうなって行くかまだまだわかりませんが、
精一杯応援していきたいと思います^_^
これからもちびっ子達の指導頑張って下さい
Posted by ゲロ旦那 at 2014年03月16日 19:09
早かった、この2年と半年。野球教室を2回体験させてもらいましたが、姉の都合で体験入部を遅らせていた時、当時6年生のキャプテン(◯◯先生の息子さん)がコーチと接触し目を負傷した!と噂を聞き、まさかこのチームって……
『厳し過ぎるくらい怖いチーム?』と思っていたのです。でも……『野球させるならここ!』と決めていただけに、少しの不安を持ったまま入団……
そして、練習後の代表に挨拶した時に優しく……
「家ではフォローしてやりなよ」と。

4年生の夏に入り、ゼロから野球を教えてもらおう思っていたら秋に骨折(ドッジボールで( ̄▽ ̄;))。分からない事だらけのまま、4年生以下の監督との別れ。

5年生になり、仲間も増え未熟なチームでしたが5年生以下の大会で夏には準優勝、秋には優勝。課題だらけのチームだと分かっていながらも嬉しく、子供たちと一緒に野球をしている気持ちになりました!

そして、6年生には伝統あるチームの大役をする事となり、不安はありましたが『最後には楽しく終われるように』と思っていました。
子供たちの試合の様子や結果より、チーム全体の事を考える事が多かったです!分からない事だらけで失敗したり、忘れたりと下級生の人達には迷惑ばかりかけていました。すみませんでした(>_<)

今年は色々な事が起こり、どうしたら良いのか分からない時でも、指導者の方々にはフォローして頂きました。

この一年間、親子共に本当に楽しい一年間でした!

代表の大きな器の中で、厳しい時もありますが楽しい指導者の方々と経験豊富な下級生の保護者の方々、そして6年生保護者の方々と一緒に『香寺クラブジュニア』で野球出来た事に感謝です!!

これから『野球をやらせてあげたい』と思ってる保護者の方々にも是非、この熱くなれる香寺クラブジュニアに体験に来てもらいたいと心から思っています!
最後に……『野球最高!』『香寺クラブジュニア最高!』

P.S. ちなみに、ウチの娘も今日「将来、野球好きな男性と結婚し、子供には絶対野球させる!!」と言いました。また、その時はよろしくお願いいたします。

長々とすみません、ありがとうございました。
Posted by すーみー at 2014年03月16日 22:30
言葉にならないぐらい感謝の気持ちでいっぱいです。
卒部式では号泣するだろうと思っていたのですが、
達成感のほうが強かったのか、涙涙涙とまではいきませんでした。
それだけ充実した3年間を過ごしたのかなと改めて実感しています。
それもこれも、代表、監督、コーチ、指導者をはじめ、
育成会の皆さん、それとジュニアの子供たちにと、親子共々、
本当にお世話になり、本当に仲良くしてもらったおかげです。
皆さん本当に有難うございました。
それから、今後も末永いお付き合いを宜しくお願いしまーす。

最後に、間違いなくジュニアはカイシの野球人生の原点となりました。
ジュニア最高!
Posted by 森ちゃん at 2014年03月17日 19:03
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